乙武洋匡の不倫騒動から離婚までの真相と理由その後を徹底解説

みなさん、『五体不満足』は読まれましたか?

私は幼いころに『五体不満足』を読んで、なんて素晴らしい人なんだ!と感動しました。そんな乙武洋匡が不倫騒動を起こすなんて…当初は考えてもみませんでしたね。イメージがイイ人ほど、裏切られたときの世間の評価は下がってしまいがちです。

乙武洋匡に関しては、「障害をものともせず活発に前向きにいきる好青年」というイメージが強かったため、今回の一連の不倫騒動に関して、失望した人が多かったようです。

今回は、乙武洋匡の不倫騒動を振り返ってみようと思います。

乙武洋匡ってどんな人?

乙武洋匡

乙武洋匡は1976年生まれのタレント・文筆家で、2017年現在41歳です。先天性四肢切断という生まれつき両腕と両足がないという障害を持っているため、電動車いすを使って移動しています。

大きな障害を背負って生まれた乙武ですが、両親の愛情を一身に受けて育ち、卑屈になることなく勉学に励みます。乙武が生まれたとき、手足が無い子供を見て、母親が開口一番「可愛い」と言った、というエピソードは、乙武の自己肯定感を今でも支えていると言います。

のびのびと育てられた乙武は、一度浪人したあと、早稲田大学の政治経済学部に入学し、のちに、『五体不満足』を出版します。電動車いすに座り、笑顔で微笑む爽やかな乙武が表紙の本書は、瞬く間にベストセラーになりました。

乙武洋匡

この『五体不満足』出版にあたっては、表紙に乙武の全身写真を使うことや、タイトルなどについては乙武自身が発案したものだそうで、自分をプロデュースする能力が高いことがうかがえます。

スポーツが好きだけれど、自分の体ではスポーツで秀でることができないと考えていた乙武は、大学卒業後はスポーツライターとして働くかたわら、教員免許を取得。子供たちの教育にも関心を寄せるようになっていきました。

さらにそこから、政治への関心も寄せ、出馬を決意したところで…不倫騒動が発覚し、出馬は白紙に戻ることになったのでした。

乙武洋匡の不倫までの経緯・バレたワケ

乙武は2001年、早稲田大学で出会った後輩の女性との交際を実らせ結婚。

2008年には長男、2010年に次男、2015年に長女が誕生するなど、公私ともに順調であるかのように思われました。

事態が一変したのは、2016年3月のことです。週刊誌『週刊新潮』が乙武の不倫の実態をすっぱぬいたのです。

このような報道が出てしまったのは、当時、自民党の東京選挙区から出馬を検討していたことが明らかになり、週刊誌から身辺を探られたからでしょう。

乙武洋匡の不倫の内容

乙武洋匡の不倫現場
【写真】週刊新潮

『週刊新潮』の報道によると、乙武は2015年末にチュニジア、パリに20代後半の女性と不倫旅行を行ったといいます。これを受け、乙武は、5人の女性と不倫関係にあったことを認め、謝罪しています。

★公式サイト謝罪文全文★

乙武洋匡
「このたびは私の不徳の致すところにより、多くの方にご迷惑、ご心配をおかけして、たいへん申し訳ございません。(中略)「夫として、父として、もう一度、あなたを家族として迎え入れたい」と言ってくれた妻に、今度こそ応えたいと思っています。失った信頼を回復するのは決してたやすいことではありませんが、いま一度、自分を見つめ直し、家族と向き合っていく所存です。妻や妻のご両親、3人の子どもたちに心より謝罪し、またこれまでの仕事や活動のなかでお世話になっているみなさまに深くお詫び致します。」
妻・仁美さん

「このたびは、夫、乙武洋匡の行動が週刊誌で報じられた件につきまして、多くのみなさまにご迷惑をおかけしたことをお詫び致します。このような事態を招いたことについては、妻である私にも責任の一端があると感じております。今日に至るまで二人でしっかり話し合った結果、3人の子どもたちのためにも、あらためて夫婦ともに歩んでいくことを強く決心致しました。本人はもちろん、私も深く反省しております。誠に申し訳ございませんでした。」

不倫した本人からだけではなく、妻から「反省している」と謝罪文がでるとは異例の事態ですが、この謝罪はおおむね好意的に受け入れられました。

不倫発覚後の乙武の誕生日パーティーでも、乙武は再度謝罪。妻の仁美さんからもコメントが出たようで、誕生日パーティーに出席した芸能人からは妻に対する称賛の声が相次いでいました。

★乙武の誕生パーティーについてのコメントTWEET
乙武さんのパーティーへ。何が素晴らしかったかって、奥様の聡明かつチャーミングなスピーチ。会場にいたすべての人がファンになったはず。乙武洋匡は凄い男。優れた頭脳と鉄のハート、そして好奇心と行動力で障害を乗り越えてきた。でも彼の本当の凄さは、あの奥様を射止めたってとこ。それに尽きる。

参照:https://twitter.com/ShowAyanocozey/status/717314294543552512

妻が乙武を提訴

一時の気の迷いで不倫に走ってしまったけれど、実は愛し合っていた二人…そんなストーリーが頭に浮かびますが、1年後、ことはそう単純ではなかったことが明らかになります。

2016年9月、乙武と妻仁美さんは協議離婚を成立させます。

乙武はテレビ番組『ワイドナショー』に出演し、「妻は不倫を容認していた。離婚したのは、子供たちに悪影響があると思ったから」と語っていました。乙武の口ぶりからすると、お互いに愛情はあるのだけれど、子供たちのために距離を置いた、というように感じられますが、内実はそうではなかったようです。

というのも、2017年8月に仁美さんは、乙武と相手の不倫女性を相手取り、不貞行為および守秘義務違反(ワイドショーなどで離婚について話さないと取り決めていたが乙武が破ったため)と日常的なモラルハラスメントによって精神的苦痛を受けたとして、東京地裁に民事提訴したことが明らかになったのです。

不倫発覚から、提訴までにタイムラグがあったところを見ると、日常的モラハラで洗脳されていた状態から、別居をして距離を置いたことで、被害者だったという自覚が芽生えてきたのでしょう。乙武は不倫発覚により、出馬取りやめ・仕事の激減・離婚・訴えられる、など、私生活・仕事ともども多大な影響を受けています。

離婚に関しては、不倫による裏切りが引き金になったことは確かですが、一説には、これまでは外にいる時間も多かった乙武が、不倫騒動により24時間家にいることになり、元妻仁美さんの介護の負担が増えたこと、謹慎期間中に乙武のモラハラが悪化したことが原因だとも言われています。いずれにせよ、性格はそうそう変わることがありませんから、乙武はモラハラの常習犯だったと推測できます。

離婚が成立する前には、5人の不倫相手(通称乙武ガールズ)と自ら関係を断ったという乙武。離婚後は関係を復活させたいと熱望していたと言いますが、そんな矢先に元妻から不倫相手の女性への損害賠償…こんな状態では関係を復活したいと考える女性はいないでしょう。それに乙武の女癖の悪さは、日本中が知るところとなってしまいましたから、乙武がこれまでと同様にモテることは難しそうです。

復帰後の仕事については、バラエティ番組出演や、ライターとしての寄稿などを行っていますので、完全に干されたという状態ではないようです。ですが、政治家への夢が絶たれたことは確かでしょう。

まとめ

不倫発覚により、乙武は仕事と家族、それに世間からの信頼と好感度を失いました。乙武は5人も不倫相手がいたとのことですが、その中の一人でも妻仁美さんのように、乙武の介護を24時間行い、結婚し、子供を産むほど愛してくれていた人はいたのでしょうか。当たり前のように官需してきた幸せを、一時の気の迷い、一時の快楽のために、失ってしまった乙武。不倫の代償は大きく、これからの人生かけて後悔を噛みしめていくのでしょう。

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